中国・青海省玉樹地震現地報告

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株式会社ベル建築研究所
坂野 茂

中国・青海省玉樹県で発生した地震から8日後の22日深夜、北京経由で青海省の省都・西寧(標高2200km)到着。

翌朝、ベル建築研究所の坂野、NPO全防災代表の羽鳥氏、ライオンズクラブメンバーの小野木氏と現地人通訳、ドライバーの計5名で西寧から800km離れた標高4,000mの山間部に位置する被災地、玉樹県結古鎮に向かった。

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救援の文字を貼った車で被災地を目指す

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被災地に向け国道を走る車列

西寧から玉樹県へ通じる国道214号は地元政府が通行規制を行っていて、政府関係や中国紅十字会(中国の赤十字)などの公益関係以外の非緊急救援者、ボランティアや観光客などは基本的にこの国道を通って被災地に向かうことはできない。
我々の車も途中の交通規制により先に進めなくなることも考えられた為、車に救援のバナーを貼ることに。

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西寧を出発してから6時間が経過。
玉樹へ向かう途中にある小さな街で休憩。
救援に向かう車両や人で賑わっている。

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西寧を出発してから約12時間が経過
国道214号の最高地点を通過!
海抜は4,824m
ここから高山病の症状が出始める。

運転手をはじめメンバーに疲労が・・・
直接の現地入りをあきらめ、次の街で仮眠をとることにする。
宿泊所は料金300円程度で、とても日本では考えられない簡易な施設だ。トイレには電気も無く懐中電灯持参で・・・
ベッドに横になるが高山病の影響で一睡も出来ずに朝になる。頭痛とめまいがひどい・・・
一人この場所にとどまることも出来ず車になんとか乗り込み再び被災地を目指す。

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西寧を出発してから約24時間が経過した24日の9:30頃に被災地の玉樹県結古鎮に到着する。
(地震発生から10日後)
被災地入り直前の検問所では車に僧侶が乗っていないかと、武装警官に車内をチェックされた。
政府はチベット僧侶の被災地入りを制限しているようだ。

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結古鎮では家屋の9割以上が倒壊したということで一面が瓦礫の山となっている。
想像以上に悲惨な状況である。
特に被害の目立つのはこの地方の伝統的な日干し煉瓦造の家屋で、そのほとんどが倒壊している。

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瓦礫の上に立つ子供
当局の発表によると、今回の地震での死亡者数は2千数百人とのことであるが、現地の僧侶の話しでは死者の数は2万人を超えているとの情報も・・・

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倒壊した家屋の日干し煉瓦
学校や商店などの建物にはコンクリートブロック造のものが多く見られるが、チベット族を中心とする住民の多くは耐震性に乏しい日干し煉瓦造の家屋に住んでいた。
亡くなられた方の多くはこの日干し煉瓦の下敷きになったことによる窒息死であったようだ。

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倒壊したコンクリートブロック造の建物

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倒壊は免れたものの大破した補強コンクリートブロック造の建物

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同上建物の柱頭部破壊状況

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大破した寺院

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倒壊した家屋の脇に張られた仮設テント
瓦礫の上には花が・・・

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外観上は被害の見られない商業建築

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街の中心から離れた村の状況
街の中心から離れた山間部にも多くの村が点在している。
この村は結古鎮の中心から数キロしか離れてなく、道路も良好に整備されていて一応の支援はされているようである。しかし道路の整備も十分でない山間部に暮らす人々への支援は十分に行われているのだろうか・・・?
支援物資やテントなどは足りているのだろうか?

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結古鎮から離れた村で救援活動を行う軍隊
被災地では、救援活動に当たる軍隊を多数見かける。中国政府による報道でも軍隊による救助シーンばかりが多く流されている。しかし現地の人から聞いた話では、地震直後に救援活動にあたっていたのは軍隊ではなく、周辺地区から集結した数万人のチベット僧侶だったとのことで、その時の街は救援活動をする僧侶たちで真っ赤に染まったそうだ。
海抜が高く、外から来た救助隊が高山病で苦しみ救助活動がはかどらない中で、各地から集結してきたチベット僧侶たちの果たした役割は非常に大きいと感じた。

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炊き出しに並ぶ人々

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街の中心部では仮設建物の建築が始まっていた

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広場に設けられた仮設テントの孤児施設
孤児施設も被災によって使用が出来ず広場に設けた仮設テントで生活していた。
幸い施設の倒壊は免れ、死亡した孤児はいなかったそうだが、今回の震災で両親を亡くし新たに孤児となった子供も多いそうだ。暫くの時間子供たちと過ごすが、どの子も被災した暗さは見せず、無邪気な姿が印象的であった。
この子供達の為にも一日も早い孤児施設の再建、街の復興が期待される。

今回の地震を教訓として、中国政府、国民の耐震に関する意識の向上、低所得者にも建設可能なローコストな住宅の普及や既存建物の耐震補強技術の向上が図れることを期待しております。

最後に、今回の地震でお亡くなりになられた多くの方々のご冥福をお祈りします。